五稜郭と箱館戦争の史跡 2019.2.11-13

今回の函館滞在で天気がいまひとつだった日は、五稜郭や箱館戦争の史跡を回ってみました。

特に五稜郭は、一昨年訪れた際には28mmまでのレンズしかなく、全景を撮れなかった悔しい思い出があったので、タムロンの15-30mmを用意して万全?の態勢で臨みました。
ちなみに、五稜郭の全景を撮るには空撮か、すぐ側に建っている五稜郭タワーの展望台から撮るしかありません。函館空港に着陸する旅客機は、東風の時に左側の席に座っていればチャンスがあるかもしれません。ただ、冬期間の函館はまず西風なので、チャンスは少なそうです。
下の写真は、一昨年函館空港にアプローチする機内から撮った写真ですが、仮に東風だとしてもこういうチャンスを逃すべきかは・・・私なら町の風景を撮りますかね。


 

肝心の五稜郭ですが、夜景メインに撮りたい・・・でも観光客が増えそう・・・と考えて、夕方少し早めに行ってみることにしました。
何とか五稜郭側の窓際を確保して、三脚を低めの二脚にしてセットしました。五稜郭タワーは三脚の使用を禁止していませんが、展望フロアはあまり広くはないので、出来るだけ周りの方にも配慮したいものです。

撮れた写真はこんな感じ。
日が落ちた後のブルーモーメントのショットは、少しホワイトバランスを弄って自分のイメージに近付けています。
2年越しの宿題をやっとクリアすることが出来て、結構満足のいく撮影でした。これらのショットの焦点距離は、ワイド端の15mmです。事前にネットで調べてもそのものズバリの焦点距離を書いている人が見つからず、15-30mmなら余裕だろうと思っていたのですが、まさか15mmでもギリギリとは思いませんでした。
 

次に紹介するのは、あのあまりにも有名すぎる幕末志士のひとり、土方歳三最期の地碑です。
五稜郭と函館駅の間、函館駅からそんなに遠くないところにあります。

土方歳三が実際に撃たれた場所、息絶えた場所は良く分からなかったのですが、一本木の関門はこの碑がある場所から西側に2本目の道(下図赤丸付近)にあったようです。この碑自体2度ほど移動されているようなので、「このあたりが」土方歳三最期の地と思っておいた方がいいかもしれません。

激動の幕末を新撰組副長として生き抜いた土方歳三が、この函館の地で新政府軍の銃弾に倒れてから151年経っています。もう官軍も賊軍もないでしょう。「お疲れ様でした。」と手を合わせてきました。
五稜郭近くのホテルからこの碑まではタクシーで移動したのですが、「鬼の副長」と恐れられた土方も晩年はすっかり丸くなって、食料を供出してくれた農家をこのまま放置して踏み倒すわけにはいかないと、戦死する前に自ら回って代金を払ったんだという話を運転手さんに聞かせてもらいました。私はそれほど幕末に興味があるわけでもないのですが、函館に上陸してから戦死するまでの7ヶ月弱を函館で過ごした彼のことを、随分身近に感じることが出来ました。
 

次は、かつて浦賀奉行所与力として「黒船」に対応した中島三郎助と、その21歳と18歳の息子の3人が戦死した場所です。「中島三郎助父子最期の地碑」として、立派な石碑が建っています。
撤退の指示にも降伏勧告にも従わず、3人とも戦死したそうです。そんな彼らを偲んで、この周辺は中島町という地名になっています。


 

最後に、何としても行ってみたかった場所がありました。「碧血碑」です。
箱館戦争が終戦を迎えても、戦死した旧幕府側兵士の遺体は「賊軍の慰霊を行ってはならない。」という新政府軍の命令で放置されたままでした。この処置に義憤を感じた柳川熊吉なる人物が遺体を集めて市内の寺に埋葬し、その後この地を購入して改葬してこの碑を建てたそうです。途中吹雪かれて挫けそうになりましたが、「半端者は来なくていい。」とでも言われている気がして、何とか辿り着きました。

土方歳三のところでも書きましたが、箱館戦争から151年、もう誰も官軍だの賊軍だの言う人はいません。忠義や信義のために戦った先人達の前で「お疲れ様でした。」と手を合わせてきました。

碧血碑からやはり吹雪の中街の東側の海岸まで歩いてみると、雪は止んで雲間から青空が見えていました。
機嫌直してくれたのかな。


 

最後に、函館市立博物館の「箱館戦争150」の展示から何枚か紹介します。


箱館戦争に出征した大野藩士官の所持品とみられている拳銃です。
コルトのM1851「ネイビー」と思いますが、保存状態が良くピカピカでした。


新撰組隊士中島登の書です。


上2枚は陣羽織です。下の写真のものは金モールの肩章が付いていて、新政府軍高級士官のものと考えられています。


木古内の戦闘で被弾し戦死した、伊庭八郎という方の遺品です。細かい細工の鍔が素晴らしかったです。

松前藩でクーデターを起こした、松前正義隊の展示品です。当たり前ですが、昔の方は達筆ですね。

函館には、箱館戦争の史跡や新撰組ゆかりの地が他にもたくさんあります。次に訪れた時は、そういうところも行ってみたいです。

撮影機材:
D800E
TAMRON SP 15-30mm F/2.8 Di VC USD
TAMRON SP 24-70mm F/2.8 Di VC USD G2

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2 thoughts on “五稜郭と箱館戦争の史跡 2019.2.11-13

  1. そろそろコツバメの季節ですよ!(^.^)

    五稜郭、懐かしいです。2度行ったことがあります。
    ちょうど10年前が2度目でしたが、その頃、蝶などでお付き合いがあった方(野田さん)が函館戦争の歴史上の人物、「野田大蔵」の孫だと言われて、北海道へ長期旅行に出かけた際、わざわざ五稜郭へ資料を見に行ったことを思い出しました。当時、奉行所再建中でした。

    1. 浅間の煙さん、御無沙汰しております。
      いよいよ蝶の季節ですね。私は皆さんの蝶便りを横目で見ながら、昨日まで北海道で白いエゾリスを追いかけていました。これからはいよいよ蝶モード、コツバメにミヤマセセリにトラフシジミ、楽しみです。
      前回函館を訪れた時はあまり気にしていなかったのですが、今回は函館市立博物館で箱館戦争に絡んだ展示を行っていたこともあり、151年前の戦いについて色々勉強することが出来ました。

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